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第15回公演「鴨猟」

◎フェスタバイカル2010参加作品

■金沢公演
2010年
12/2(木)19:30
12/3(金)15:00/19:30
金沢市民芸術村ドラマ工房にて

原作:A・ヴァンピーロフ
台本・演出:岡井直道
舞台監督:本庄亮
音楽監督:池田洋一郎
照明:宮向隆
映像:山内崇寛
人形制作:和気智也
演出助手:古林絵美(劇団ひまわり金沢)

出演:
ジーロフ:月原豊
ディーマ:下條世津子
ガリーナ:澤田春菜
サヤーピン:Lavit(劇団ひまわり金沢)
ワレーリャ:川本千晴
クザコーフ:東義久(劇団ひまわり金沢)
ヴェーラ:内多優(劇団ひまわり金沢)
クシャーク:遠藤倫十

主催:劇団アンゲルス
共催:石川県ロシア協会
後援:石川県/かなざわ演劇人協会

チラシPDF パンフレットPDF


■地元の情報誌“ZOUSS”に掲載されました

絶望を抱いて砂漠に生きる男の姿、モノトーンな舞台で効果的に表現。

 金沢の姉妹都市であるロシア・イルクーツク市出身の作家、A・ヴァンピーロフの原作を舞台化したアンゲルスの公演「鴨猟」は、設定を砂漠に置き換えた岡井氏の演出手腕が光った。
 ほとんど白一色の舞台に砂漠の光景がスライドで投影される。冒頭から目覚めの酒をあおる主人公・ジーロフに葬式の花輪が届けられ、何やら禍々しい雰囲気が漂う。やがて顔や髪を白く塗った白装束の人々が登場。彼らはぜんまい仕掛けの機械のように動き、一本調子にセリフを喋り終わると、その場で空気が抜けたビニール人形のように崩れ落ちる。次の場面には、また立ち上がる。それは絶望したジーロフにとって全く興味が持てないモノトーンな外部世界であり、過去の亡霊あるいは心象風景にも見える。かつて愛した妻もいまでは白い人の一員だ。彼が「神聖」な恋人として救いを求める18歳の学生・イリーナも、等身大の人形に過ぎない。個々の演出手法は以前の公演で使ったこともあり、決して目新しくないが、それらを組み合わせて彼の違和感を巧みに表現した。全体の基調を成した葬送行進曲をはじめ、妻への回想シーンで流れるサティのジムノペティ、ラストを締めくくるタンゴなどの音楽も非常に効果を上げていた。
 ゲネプロでは、ジーロフが猟銃の筒先を口にくわえ、靴を脱ぎ、足で引き金を引こうとする場面があった。結局、彼は死に切れず、電話のベルが鳴る。友人から誘いを受けて鴨猟に出かけようとするのだが、木のベンチに躓いて転び、暴発した銃弾に胸を打ち抜かれて死ぬ。しかし、本番初日には電話が鳴るまでの自殺未遂シーンは丸ごと削除された。岡井氏としては重苦しさを避けたかったとも思われるが、少し残念だった。彼の死を単なる慌てものの突発的な事故で終わらせたくはなかったから。もっとも、そういう無意味な偶然性こそ、バカバカしさ故にこの世で1番悲しいのかもしれないが。
(text by : 夢二)


10日間あまりの【イルクーツク国際演劇祭 】公演から、無事帰って参りました。

石川ロシア協会(中村勲会長)の全面的な支援のもと、一行19名で、アンガルク市公演(小松市との友好都市)、シュレホフ市(能美市との友好都市)との文化交流、それにイルクーツク市ドラマ劇場での【アレクサンドル・ヴァンピーロフ記念第八回国際近代演劇芸術祭】での公演をおこなってきました。 どの都市でも大変な歓迎で、劇場関係者や知事や市長や文化担当者等が私たちを迎えてくれました。
アンガルク市とイルクーツクの公演は、今回のテーマであるヴァムピーロフの「鴨猟」という作品の公演でしたが、客席は溢れんばかりの満席、カーテンコールでは拍手が鳴り止まずスタンディングオーベーションが続きました。
テレビや新聞の取材も多く、日本の現代演劇に対する関心の高さ(多分初めての公演でしょう)を感じました。
終演後、演劇学者、作家、演出家や演劇関係者たちとの会議をマスコミの記者を交えてやりましたが、このミステリヤスな作品の“切れのいい”描き方に一様に賞賛をいただきました。
最終日には、バイカル湖畔のホテルで本当に美しくて雄大なロシアの自然に包まれ一夜を過ごすことができました。
トランジットで北京に一泊、天安門広場や紫禁城を見学し、若い人たちとその歴史についてしばし語ることもできました。
私たち演劇するものにとって、己の体験の狭さがいつも気になります。
様々な可能性に向かって、これからもその方途を探っていきたいと思っています。
皆様の、ご協力を感謝しております。
まずは、簡単な報告と、お礼まで。

劇団アンゲルス代表 岡井直道